ライブをしました。

 

お久しぶりです。雨の日が続いています。雨の日は、なにもする気が起きないので、お家でゆっくり過ごしたいです。梅雨になると、雨の心配ばかりしてしまいます。梅雨明けは一体いつになるのでしょうか。梅雨が明けたら、雨の心配なんかせずに思い切り出かけたいです。

 

タイトルにもある通り、ライブをしました。ぼくの大好きな、9mm Parabellum Bullet というバンドのコピーバンドで出演しました。とても楽しかったです。コピーでもオリジナルでも、ライブをするということはとても楽しいものです。もちろん楽しいだけではなく、日々の練習の積み重ねがあります。楽しくやっているだけではダメなのです。なあなあでやっているような人は、必ずライブで失敗するでしょう。失敗した人がなあなあでやっているとはもちろん思っていませんが。

 

ぼくはコピーでしか出演したことがありませんが、オリジナルで出演するのはとても大変だと思います。いつかオリジナルで出てみたいです。コピーバンドの場合、もう曲が完成してあるし、スコアがあったりライブ映像があったりするので、イメージの共有が容易にできます。オリジナルだときっとそううまくはいかないでしょう。良い曲ができたかもしれないと思って合わせてみたら、そうでもない。そうでもないかなあと思って合わせてみたら、以外とうまくいった。こんなことがあったら楽しそうですね。

 

ライブ中、客席の人たちは好きなようにしていただいてかまいません。好きなように楽しんでほしいし、ぼくもそれを望んでいます。なので、こちら側も好きに表現しますし、思う存分楽しんで演奏します。なぜならノリを強要することがとても嫌いだからというのもあります。ライブ中に少しトラブルがあり、静かになったところで、ぼくのバンドとは関係ない煽りというかヤジというか、そういったものがありました。それにぼくは反応しませんでした。そうすると客席から「流されたわ〜」という声が聞こえてきました。このノリの強要みたいなものはとても良くないですね。ライブを楽しむという言葉の意味を履き違えています。また、曲の途中で足元に置いてあるセットリストを手に取って見ていました。これはマナー違反ですね。たかだかコピーバンドの演者ですが、ライブが楽しい、ギターが楽しい、見ている人には楽しんでほしい。そういった思いはもちろんあります。ライブハウスは自由な空間です。なので、ライブマナーがどうとかあんまり言いたくはないし、感じたくないです。これを見た人がライブハウスに行くときは周りの人に迷惑をかけないように楽しんでください。それはできない人はライブハウスに行かないべきです。

 

ライブハウスは楽しい場所です。ぼくはライブハウスが大好きです。

 

ハッピーエンドとバッドエンド

 

みなさんはハッピーエンドとバットエンド。どちらがお好きでしょうか。みんな笑顔の大団円で終わるハッピーエンド。見ているだけで幸せになれますね。後味の悪い結末で誰も幸せにならないバッドエンド。見ているだけでゾクゾクしますね。ただ、ハッピーエンドだから良い。バッドエンドだから良い。そんなことはないです。また、ハッピーエンドな作品も物語の途中でバッドな部分があったり、バッドエンドな作品も物語の途中でハッピーになるようにもがく部分があるはずです。ハッピーエンドが好きだとすれば、途中でこれはもうバッドエンドしかないという絶望感と、最後、幸せで終わるギャップに惹かれているのではないでしょうか。天と地の差があればあるほど、ハッピーエンドは輝くと思っています。

 

バッドエンドに人が惹かれるのはなぜでしょうか。不思議だとぼくは思います。ただ、気持ちはわかります。ぼくがバッドエンドに惹かれる理由は、まず、フィクション作品においては、悲劇的なものが好きだからです。ノンフィクションは違います。ハッピーエンドが好きです。救われて良かったなあと思います。ただフィクションについては、幸せで終わるのはつまらない。そう思っています。もちろんハッピーエンドも嫌いではないです。しかし、ハッピーエンドは絵が想像できてしまいます。感動はするかもしれないけれど面白くない。これが勝ってしまいます。期待を裏切って欲しいのです。救われて欲しいと思う。しかし救われない。この裏切りに惹かれるのです。また、ぼくが、暗闇の中のかすかな光に美しさを感じるというのもあります。生きていく上で、幸せだと思う場面は少ないと思います。その中で嬉しいこと、楽しいことを感じるから、より幸せが色濃く映るのだと思います。不幸なとき、あのときは幸せだったなあと思うときがあると思います。あのときに戻りたい、そう思うときがあると思います。バッドエンドの作品にも少しは幸せな場面があると思います。そこに暗闇の中のかすかな光を感じるのです。

 

ハッピーエンドとバッドエンド。この世の中にもたくさんあるはずです。おそらく、恋愛というものはそれが色濃く出るのではないでしょうか。恋愛のハッピーエンドは、ぼくは経験したことはありません。なのでバッドエンドについて書きたいと思います。

 

恋愛のバッドエンド。それは、その相手がいなくなることです。フラれる、別れる、死ぬ、色々あると思います。ただこのバッドエンドを楽しめる人はそうそういませんね。恋愛のバッドエンドは暗闇の中の光が強すぎるのです。 楽しかった思い出だとか、好きだった気持ちだとか、それがまばゆい光となって輝きます。人はそれを見るのを辛いと思いながらも、直視してしまうのです。闇と光のコントラストが激しすぎて直視してはいけないのに。大して好きではなかったときの微かな光だったら失恋もまた美しいものに見えて、すぐに切り替えられるでしょう。その場合は光を直視できますから。

 

こういうことをつらつらと書いて一体何の意味があるのか、きっと何の意味もないと思います。ただこうして誰にも迷惑をかけずに、日々思っていることを吐き出せるのは、なんとなくここしかないのかなあって思います。やはり、人に頼り切ってしまうのは良くないですから。これを読んでくれているみなさんの人生が幸せであることを願っています。みんなが幸せになって、最後にぼくのことを幸せにしてください。

桜と人

 

こんにちは。春ですね。今年の春はなんだか気難しいです。暖かくなったと思ったら寒くなって、やっとその寒さが落ち着いたと思ったら風が吹く。そんな春だと感じています。ただ、風が吹くことによって見ることのできる桜吹雪は美しいですね。綺麗に咲き誇る桜を見るのも好きですが、儚く散ってゆく桜を見るのも好きです。こうして命のバトンが繋がっていくのだなあと思います。桜の花は毎年咲きますが、春に咲き春に散る儚さから、人は桜を愛すのでしょう。

 

桜も儚いですが、人の命も儚いとぼくは思っています。人だって美しいときは一瞬です。美しさが永遠なのであれば、写真などはいりません。美しい一瞬を目に残すだけではもったいない。記録しておきたい。だから写真はあるのです。一瞬一瞬美しい。だから人は人を愛すのです。そして、もし人間が不老不死で絶え間なくずっと美しいものだったら愛を育むこともなく、命のバトンをつなぐ必要もなかったのです。人も桜のように一瞬の美しさがあるということを知っているから、愛の形として命のバトンを繋ぐのかもしれませんね。

春は来るのか

 

最近風邪が流行っているようです。ぼくがアルバイトをしているドラックストアでも、よく風邪薬が売れます。みなさんも風邪をひかないよう十分気をつけてください。少しでも体調が優れないなあと思ったら、葛根湯を飲んで栄養ドリンクを飲んで寝ましょう。そうすれば自然と良くなると思います。しかしこれは、あくまでもにわか知識です。体調がとても悪い場合は、ちゃんと病院に行って治すことをおすすめします。

 

新しい年を迎えてもう1週間以上経ってしまいました。まだ何もしていません。家族全員インフルエンザになったくらいです。ちなみにぼくは無事でした。ちょっとしたことで、体調が悪くなるぼくですが、病弱なのか病弱じゃないのかよくわかりません。そういえば、今年は就職活動をしてしっかりと単位を取って卒業しなければなりません。まあ、なんとかなるでしょうきっと。直前までなにもやらない病を発動して、本当に何もやらないということを起こさなければ大丈夫なはずです。

 

まだまだ冬です。相変わらず寒い日々か続いています。なんだか風が強い日もあります。ぼくは冬という季節は好きなのですが、寒いのは苦手です。ぼくは毎年、ここまで寒くてちゃんと春は訪れるのかなあと思います。もう春は来ないのではないかと思ってしまいます。おそらくちゃんと春は来るし、いつか暖かくなってそのうち暑い暑い季節が来ると分かっていますが、どうも不安です。冬が好きなのに春が来るか不安に思う自分は、一体何なのでしょうか。よくわかりませんね。ただこの不安になる気持ちを大切にしていきたいとも思っています。きっとこういったところからも何かが生まれるのではないかと思っています。

 

最近は、歌詞が全く書けません。ぼーっと何かないかと考えてみたり、電車の中で考えてみたり、家にある本を読んでみたり、曲を聴いてみたり、友だちとおしゃべりしてみたり、寒いのに外に出てみたり、お酒をたくさん飲んでみたり、とりあえずギターを弾いてみたり、心が動いた言葉をメモしてみたり、色々やってみてはいるのですが、全くわかりません。探し物が見つからないときみたいです。見当もつきません。歌詞はどこに落ちているのでしょうか。誰か拾ったらぼくに届けてください。

 

音楽について、やはりコンプレックスや、抑圧であったり、なにか気に入らないことがある人間の方が強い気がします。ぼくは自分のことが何もかも気に入らないです。その点は強いと思います。自分のことについて書いてみるのも良いのかなあと思いました。

 

表現が上手い人。きれいな文章を書く人はすごいなあと思っています。ぼくの書く文章は圧倒的な教養の無さを感じます。残念です。

 

最後に、少し前にギターを買いました。ESPのViperです。とてもかっこいいです。大事に使いたいと思います。

 

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あけましておめでとうございます。

 

2018年が終わりました。とても早かったです。年末はなんだか落ち着きません。テレビや周りの雰囲気から出る非日常感に踊らされ、なんだかそわそわしてしまいます。

 

みなさんにとって、2018年はどんな1年でしたでしょうか。きっと色々なことがあったと思います。今年は、去年より素敵な1年になったら良いなあと思っています。

 

何もかも気に入らなくて、しょうもない人生ですが、素敵な1年になるように頑張りたいです。

ライブを見に行きました。

 

8/31、名古屋クアトロで行われたライブを見に行きました。九十九、Without Crying、ハローモンテスキュー。この3バンドのレコ発です。名古屋クアトロという、大きな舞台に立つこと。ぼくには想像もつきません。それくらいすごいことなのです。3バンドとも熱い思いがひしひしと伝わってきました。とても熱いライブでした。

 

ぼくは、九十九の大ファンです。特にギターの牧さんが大好きです。終演後少し牧さんとお話しすることができました。本当に楽しかったです。九十九を知ったのは1年くらい前でしょうか。もっと早く知っておきたかったです。もっと早く牧さんに出会いたかったです。

 

九十九を見るのはしばらくぶりで、レコ発だから新しいアルバムからたくさんやってくれるだろうとワクワクしてました。アルバムで聴くのとライブで聴くのはまた違います。アルバム1曲目の「Delight」は、音源化される前に1回聞いたことあるのですが、そのときよりもだいぶ仕上がっていたように感じました。キレが上がっていたように感じました。「マタタビ」は、「こけら落とし」の中でも好きな楽曲で聴けるのを楽しみにしていました。サビの部分が特に大好きで、思わず両手を挙げしまうほどでした。とても気持ちがいいです。何回聞いても良い歌詞だなあ。そして「dischord」ぼくはとても暗い曲だと思っていました。ライブで聴くと、暗さの中の明るさ。トンネルの出口が見えているように感じました。この曲も大好きです。

 

本当に感動しました。アクシデントもありましたが、それ以上に熱いものがありました。1曲目の「電光石火」からアンコールの「フレンズ」まで最高でした。アンコールの最後の最後のギターで本当に牧さんかっこいいなあと思いました。そして、やっぱり九十九は九十九でした。女版◯◯とかじゃありません。これからも九十九を応援し続けます。

 

お久しぶりです。

 

お久しぶりです。約2ヶ月ぶりの更新です。色々なことがあってブログのことなどすっかり忘れていました。気持ちの整理がやっとついたような気がするので、最近は、毎日が楽しいです。今まで通りの、みんなが思うようなぼくに戻れたような気がします。

 

大きな感情の揺れ動きがあると、何かが生まれます。それは悔しさだったり、悲しみだったり、嬉しさだったり、喜びだったりします。人の感情は多種多様でひとことでは言い表せないことが多いです。みなさんも、伝えたい思いがうまく言えなかったり、感情が伝わらなかったりして、もどかしい気持ちになったことがあると思います。そういったとき、どうしているのでしょうか。人によって解決方法は様々です。友人に聞いてもらう。ツイートをしてみる。忘れるのを待つ。食う。飲む。寝る。様々な方法があります。自分なりの心の落ち着けかたがあると思います。やがては忘れていって、ああそんなこともあったなあと、思う日が来るのです。伝えきれなかった感情や思いは、やがては消えてゆくのです。忘れることは良いことです。人は忘れるからこそ次なる幸せを手にすることができる生き物だとぼくは思っています。

 

しかし、ぼくはそういった感情や思いを忘れたくないなあと、思ってしまいました。忘れてしまえば、また同じことを繰り返すのではないか。という思いもぼくの中にあったのです。だから、最近ぼくはずっと曲を作っています。先日、サウンドクラウドに曲を投稿しました。これからも、なかなか伝えられないことや、うまく言えないことや、日常の些細なことを曲にしたいと思っています。

 

ぼくは今、幸せではありません。しかし、ぼくが幸せだったら、曲を作れていません。歌なんて生まれていません。ぼくはもっといい曲を作りたいです。いい歌を歌いたいです。だからもうちょっと不幸でいたいなあなんて思います。そしてみなさんの不幸を歌にしたいなあなんて思います。ぼくにとってそれが幸せなのかもしれません。

 

悲しいことや辛いこと、やるせない気持ちもどかしい気持ち、いろいろなことがあります。しかし曲にすることで、どこか救われたような気持ちになります。だからぼくはこれからも曲を作り続けたいと思っています。散らかっている文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。